落ちていく。
冷たい水のなか、たった一人で落ちていく。
誰かに助けを求めたくても、誰の名前も浮かばない。
そもそも本当に助かりたいのかさえ分からない。
落ちていく
たった一人
「……リック!エルリック!」
肩を揺さぶられて、まどろんでいた意識から掬い上げられる。
「ろれんす…?」
「暖炉の前は暖かくて気持ち良いけど、そんなところで寝たら風邪ひくよ」
「あ、うん…」
寝起きだからか、はっきりしないボクの様子を不思議そうにロレンスが見つめてくる。
その視線がボクを心配していると窺わせるもので、少しだけくすぐったくて視線を落とした。
「……ウサギ」
視線を落とした先、つまりボクの膝の上にはウサギがすやすやと体をまるめて眠っていて、呼吸するたびにお揃いでつけているリボンが微かに揺れた。
「夢をみたんだ」
「夢?」
「湖なのかな…よく分からないけど、水の中を落ちていくんだ。
誰も助けてくれないし、もがくことも出来ずに落ちていく……そんな夢」
「湖……」
ロレンスは何かを思い出すみたいに目を細めた。
その表情はいつものロレンスとは違って、どこか苦しげだ。
「ぷう」
その時、ウサギが目を覚ました。
「ウサギも起きたの?」
そっと背中を撫でると、気持ち良さそうに目を細める。
「エルリック」
「ん?」
「もしも君が溺れていたら、僕は助けるよ。君を一人で淋しい底になんてやらないよ」
暖炉の中で、薪が音を立てて燃えている。
ああ、明日は頑張って薪を割らないと。ロレンスがやってるのみるとどこか危なっかしくてハラハラするからボクがやらないとって密かに決めたんだ。
「ぷうぷう、ぷう!」
ロレンスの言葉に同調するみたいにウサギが鳴いた。
くりくりとした丸い瞳に映る自分の姿は鏡で見るよりも優しそうだった。
「うん…そうだね、ウサギ。
ロレンスもありがとう」
ウサギを抱き上げて、立ち上がる。
「ボクが溺れるよりもロレンスの方がうっかり溺れそうだからさ、
その時はボクが助けてあげるよ。ウサギのことは絶対湖になんて落とさないし」
「ぷうぷう!」
「ふふ、そっか。ありがとう、エルリック。
さあ、夕食にしようか。今日はキノコたっぷりのクリームシチューだよ」
「えっ…」
何気ない日々。
何気ない時間。
次見る夢はさっきのどこか哀しい夢じゃなくてきっと、
ウサギとロレンスといるような暖かい夢だ。