「カントク、今日はワタシに付き合って欲しいんダヨ!」
「え?」
ある日の午後。昼食に作ったとっておきカレーを平らげたところでシトロンくんがそんな事を言い出した。
「午後は急ぎの用事もないからいいけど…どうかしたの?」
「今日はワタシの探し物に付き合って欲しいんダヨー」
「探し物って、何かなくしたの?」
「それはお楽しみにダヨー」
ニコニコと笑うシトロンくんを見つめながら思わず小首をかしげてしまった。
ひとまず、後片付けをすませて私は出かける支度をする。
「お待たせ、シトロンくん。行こっか」
声をかけると、談話室で私のことを待っていてくれたシトロンくんは顔を上げた。が、その後わざとらしいため息をつかれる。
「カントク、いつもと同じ格好でがっかりダヨ」
「え?」
「今日はそれで良しとして、銭は急げダヨー」
「善は急げだね。うん、いこっか」
外に出ると、今日は良く晴れていた。こういう日は外に出るに限る。
「良い天気だねー」
「ソダネー!カントクは引きこもってばっかりだからいけないヨ」
「私よりもシトロンくんの方が引きこもってる気がするけど」
「ノーノー!細かいところはツッコまないのがマナーダヨ!」
「何の…?それはいいとして、どこに探し物にいくの?」
「ついてくれば分かるヨー!」
私を誘った時のようにニコニコと笑いながら私の手をとって歩き始めた。
「シトロンくん!?手!」
「女性をエスコートする時、こうするのがワタシの国では常識ダヨ」
以前もしれっとお姫様だっこをされてしまったし、シトロンくんの国では割とスキンシップが多いのかもしれない。動揺しつつ、大人しく彼の手を握り返した。
「カントクの手、小さくて可愛いネ」
「…あんまりそういうこと言うのは禁止」
「オー!カントク厳しいヨ!」
ふとした態度や言葉で意識してしまう。シトロンくんが男の人だということを。
「さあ、着いたヨー!」
「ここって、公園だよね?」
シトロンくんに手を引かれて連れてこられたのは寮からしばらく歩いたところにある大きな公園。
この公園は緑が豊かで、お年寄りの散歩コースにはもってこいらしい。
「ソダヨ!ここで四葉のクローバーを探すんダヨ」
「四葉のクローバー?」
「イエス!ジャパニーズ四葉のクローバーが欲しいんダヨ!」
「どこで採っても同じ気がするけど…前に貝殻集め手伝ってくれたし、いいよ。頑張って見つけよう!」
「オー!さすがカントク!」
手当たり次第に芝生に咲いてるクローバーを見ていく。
ぱっと見た感じどれも三つ葉のクローバーで、四葉のクローバーは見当たらない。
「…これも違う、これも違う」
ぶつぶつと言いながら四つ葉のクローバーを見つけるために目を皿にして探す。
どうしてシトロンくんは急に四葉のクローバーを欲しいなんて言ったんだろう。
特別珍しいものでもないだろう。
いや、もしかしたらシトロンくんの国では咲いてないんだろうか。
彼の国のことは聞いていいのか分からなくていつも深く突っ込めない。
人にはそれぞれ触れられたくない事があるだろう。
それがシトロンくんにとっては祖国の話なんじゃないかなと私は思っていた。
いつかシトロンくん自身が話したくなった時は、大人しく聞きたい。
彼がどんなところで育って、どんな事を学んだのか、どうして日本に来たのか、とか。
「あ!」
シトロンくんの事を考えながら探していると、私の手元には四葉のクローバーがあった。
「シトロンくん!あったよ!」
「オー!さすがカントク!」
離れたところで同じように四葉のクローバーを探していたシトロンくんは喜んで駆け寄ってきた。
「オー!本当に四つの葉っぱダヨ!カワイイネ!」
シトロンくんは嬉しそうに私の手元にある四葉のクローバーを見つめる。
「摘まなくていいの?」
「見るだけで十分ダヨ!それにワタシが探したかったのは四葉のクローバーじゃないんダヨ」
「え?」
「イヅミとの思い出ダヨ」
「…!?」
顔を上げると、すぐ傍にシトロンくんの顔があった。そっと私の手をシトロンくんが握った。
「アナタと四葉のクローバーを探す思い出が欲しかっただけダヨ」
「…シ、シトロンくん」
どうしよう。心臓の音がうるさい。
「カントク、ドキドキした?」
「…!また冗談いって…!」
シトロンくんがにっこりと笑うので、冗談だったのかと安心して胸をなでおろす。が、離れると思いきやシトロンくんの顔は近づいてきて、私の頬にそっとキスをした。
「冗談なんかじゃないヨー!四葉のクローバーも見つかったし、手つないで帰るヨー!」
私の手を取って立ち上がって歩き出そうとするシトロンくんの手を慌てて振りほどく。
「もう手つなぎません!」
「カントクがいじわるダヨー」
「意地悪なのはどっちなんだか…」
さっきのキスの意味も、四葉のクローバー探しも一体どういう意味があったのか、私には理解出来ない。
ただ赤くなった顔を見られまいとシトロンくんの前を懸命に歩く事しか出来なかった。
その日の夜、夕食が終わってからムクとおしゃべりをしていた。
「シトロン様、今日出かけてたんですか?」
「ソダヨー!カントクとデートしてきたんダヨー!」
「えぇ…っ!大人…!さすがです、シトロン様!ええと、何をしてきたんですか?」
「フフフ…幸せを見つけてきたんダヨ」
「少女漫画みたい!素敵です!」
キッチンで明日のカレーを仕込んでいるカントクをちらりと見ると、くすりと笑ってしまった。
(幸せはすぐ傍にある。カントクが早くそれに気付けばいいのにネ)