「花、そろそろ終わりそう?」
「あともう少しです」
忙しさにかまけてついつい放置していた書簡の山を見やすいように並べ終えたところだった。最後の一つを整頓し終えたところで師匠の手のひらが私の頭に乗った。
「うん、綺麗になったね。お疲れ様」
「師匠はなんでも積み上げる癖がついてますよね」
「場所を有効活用してるんだよ」
「積み上げすぎてなだれが起きます」
一つ一つは軽くても私の背丈を越えるくらいに積み上げられた書簡は崩れてくると大変だ。なだれに巻き込まれて散々な目にあったことだって指折りある。
「そうだ、庭に出てみようか」
「庭、ですか?」
「そんないぶかしげな目で婚約者を見ない」
「だって師匠が庭に出ようなんて…」
でもよく考えれば師匠は姿を現す前は茂みの中から私に話しかけてくることが多かったから意外と自然が好き…とか?
「ほら、行くよ」
師匠は私の手をつかむと歩き始めた。私は師匠に手をひかれるまま、繋いだ手を見つめた。
(手……つないでる)
婚約者という立場になってからも恋人っぽいことって私と師匠のなかではあまり起きなくて、だからこうやって手をつなぐことも珍しい。
繋いだ手から師匠のぬくもりを感じて、少しドキドキした。
師匠はなんとも思ってないのかな、とちらりと師匠の後ろ姿を見ると耳朶が赤くなっているのが見えた。それに気付くと、さっきよりも胸が高鳴った。
手を繋いだまま何も会話をせず、ただ歩いた。
師匠の背中ばかり(というか耳朶)見つめていたせいで師匠が突然止まったせいで私は師匠の背中に突っ込んでしまった。
「ちゃんと前見てあるきなよ」
「…はい」
「何か言いたげだね」
「いいえ」
「あっそう。ねえ、花。ボクのことばかり見ていないで上を見てごらん」
師匠はなんでもないように上を指差した。
私は言われるがまま上を見上げた。
「わぁ…!!」
そこには一面桃の花が咲き誇っていた。
「師匠、すごいですね!!」
「庭に出て良かったでしょ?」
「はい!」
師匠が木の幹に背中を預けるように座るので、私もその隣に座った。
すると師匠は私が座るのを見計らって、私の膝の上に頭を預けてきた。
「よいしょ」
「………」
師匠は膝枕が好きなようだ。
私も嫌いじゃない。
そっと頭を撫でてみると、師匠は微笑んだ。
「君はボクを子ども扱いしてるのかな」
「違います。頭を撫でられるのって気持ち良いなぁって思いません?」
「そうだね…そうかもね。ボクにそんな事をしてくるのは君しかいないから分からないな」
「そうですか」
最近忙しくて丸々一日の休みなんてなかった。
私もできる限り仕事を手伝っていたけれど、師匠の睡眠時間が削られていることも知っていた。
気付けば師匠は小さく寝息を立てていた。
「にゃー」
どこからやってきたのか、猫が暖かな陽気に誘われて私たちの元へやってきた。
「師匠起きちゃうから静かにね」
猫にひそひそと話しかけると理解してくれたのか、猫は小さく鳴くと師匠の隣で丸くなった。
「平和だなぁ」
ひらひらと桃の花が舞う。
桃の花を見るのも嬉しいけど、師匠が私に見せたいと思ってくれたこと。
私の傍で師匠が穏やかに眠ってくれること。
そういう事が凄く嬉しかった。
「恋っていいなぁ」
恋というとなかなかピンと来ないこともあるけれど。
師匠と過ごすこの時間をとても大事に思える気持ちが恋なのかと思ったら優しい気持ちになった。
私はもう一度師匠の顔を見つめて、穏やかに微笑んだ。