「あっちぃぃ」
季節は夏。
稽古に明け暮れる日々が続いている中、ある事件が起きた。
稽古場のクーラーが壊れた。
窓を開けたりしてなんとか空気の入れ替えをしようとしていたけれど、陽が昇るにつれて上がる気温。
昼ごろにはすっかり稽古場はサウナのようになっていた。
滴る汗をぬぐっていると、監督はそんなオレたちを見て考えるように腕組みする。
「蒸し風呂状態だね…うーん、クーラーの修理の電話はしてあるんだけど色んなところで修理お願いされるらしくて、今日来れるかわかんないんだって」
「げっ、マジかよ」
「はぁ~、言ってもしょうがないけどこんな状態だと茹だこになりそ」
「う、うん…そうだね。このままじゃ僕達干上がっちゃう」
メンバーの顔を見ると、みんな同じように汗だくだ。
「あ!湯気がさんかく~!」
「それって蜃気楼!?マジやば!」
「こんな状態で稽古したら身体壊しそうだし、一回休憩にしよっか」
「さんせー」
監督の言葉にそれぞれ頷くと、ひとまず稽古場を後にする。
ぞろぞろと歩いてるときにふと一成が口を開いた。
「夏といえば!やっぱアレじゃない?」
「アレ?」
「またくだらない事思いついただけでしょ」
「まぁまぁ幸ちゃん、みんな!期待して待ってて!俺ちょっくら行って来る!」
言うや否や一成は元気良く飛び出していった。
「…あいつ全然元気じゃねぇか」
「まぁ、一成くんだからね」
何を閃いたか分からないけど、監督と一成の背中を見送った。
寮に戻ると、一旦汗を流そうということになりシャワーに入った。
火照った肌がようやく落ち着きを取り戻し、さっぱりした良い気分でリビングに戻ると、一成たちのはしゃいだ声が聞こえた。
「…何してんだ?」
「おそいよ、テンテン!」
「あ、おかえり。天馬くん!見てみて、これ!」
「さんかく~!さんかく~!」
監督と三角が手に持っていたのは、
「カキ氷?」
「正解っ!やっぱ夏はこれっしょ!」
「一成くんがカキ氷つくる機械、借りてきてくれたの!」
「へぇ」
ガリガリと氷を削る小気味いい音がする。
さらさらと積もっていく氷を三角が楽しげに見つめている。
「はい!テンテンの分!」
削り終わると、一成がそれをオレに手渡してくれた。
「おう、サンキュ」
「シロップはやっぱり全部がけ?」
「なんでだよ!!一つでいい!」
「え~、テンテン以外にチャレンジ精神足りないな~」
「足りないなー」
そう言って三角が食べているかき氷を見ると、赤と黄色と青と緑と白が混ざってとんでもない色になっていた。
「お前、それマジで上手いの?」
「ん~。三角の味がする~」
「いや、しねえだろ。オレはメロンだけでいい」
「分かった、じゃあメロンね」
監督がオレの氷に緑色のシロップを丁寧にかける。
「サンキュ」
スプーンですくい、口に運ぶと懐かしい味がする。
「つめてぇ」
「カキ氷っていいよね、なんか」
「ん?」
「子どものころの戻ったみたい」
一成と三角が楽しげにここにいない二人分のカキ氷を用意する姿を見ながら、監督は楽しげに笑った。
その笑顔はどこか大人びていて、思わず目を奪われる。
(…いや、こいつは大人だし。何を今更)
カレーが好きで、レパートリーもカレーばっかりで。
オレたちのことを良く見ていて、ダメだっていう時には手を差し伸べてくれる。
ただ、優しいだけじゃなくて、厳しさも教えてくれる。
それがオレたちの監督―立花いづみだ。
「あー…ガラじゃねぇ」
「え?」
オレの呟きにこちらを向く。
今目が合うのはなんだか恥ずかしい。
オレは食べていたかき氷を一口すくうと監督の口に無理矢理突っ込んだ。
「-っ!!天馬くん何を…!!」
「子どものころに戻ったみたいなら、色んな味食いたいだろ?」
慌てる監督はいつもの監督で。それにちょっと安心している自分がいる。
「ねぇ、天馬くん。カキ氷のシロップって見た目が違うだけで味はおんなじなんだって」
「は?マジかよ」
「ふふふ、豆知識だね」
監督の持つイチゴのシロップがかかったカキ氷を一口すくって食べる。
「…全然わかんね」
「まぁ、刷り込みみたいなものだよね。カキ氷って」
偶然出会って、舞台に立ちたいというオレの願いを後押ししてくれて。
一成、三角、ちょうどシャワーから上がったらしい幸と椋がリビングにやってきて夏組が揃った。
きっと監督がいなかったら、オレたちは今こうやってカキ氷をみんなで食べることはなかっただろうな。
いつか出演した映画で
『恋とはするものではなく、気付けば落ちているものである』
なんて台詞があった。
その台詞を言ったときには分からなかったけど、なんとなく、今はそれが分かる気がした。
「ねぇ天馬くん」
「ん?」
「カキ氷にカレーかけたら…」
「やめろ」
今はまだ明確にならなくてもいい。
この夏、この時間。
かけがえのないものを手に入れたような気がしているから。
…あと、笑ってるお前が見ていられれば。
今はそれで十分。
「天馬くん、何笑ってるの?」
「いや、別に」
オレは溶け始めたカキ氷をまた一口食べる。
なんだか、夏の味がした。