夜。
練習が終わった後、次の公演に向けて色々と整理していた。
疲れたからといって後回しにしていると最後に泣くのは自分だ。
「ん~…!ちょっとおなか空いたなぁ」
時計を見ると0時を過ぎたところだ。
今から何か食べるのは太る…けど、おなかが空いていては捗るものも捗らない。
私は重い腰を上げ、キッチンに食べるものを探しにいくことにした。
もう皆(ゲームで忙しい人は除く)眠っているだろうと思っていたのに、キッチンには灯がついていた。
そして、この香りは私の大好きな香り…
「あれ?真澄くん、どうしたの?こんな時間に」
キッチンに立っていたのは真澄くんだった。
思ってもみなかった私の登場に驚いたのか、勢い良く振り返りといつものように嬉しそうな顔をした。
「花婿修行中」
「花婿…?」
「そう、あんたと結婚するなら美味しいカレーを作れないとあんた困るだろうから」
「うん、それは聞かなかったことにしようかな」
真澄くんの隣に立ち、手元を覗き込むと美味しそうなカレーがそこにはあった。
「ちなみにこれは何カレー?」
「ひよこ豆のカレー」
「へぇー!ひよこ豆って言ったらキーマカレーとかの方がイメージにあるけど、普通のカレーに入ってるのも美味しそうだね!」
「俺のあんたへの愛情がいっぱい入ってるから美味しいに決まってる」
「うん、それは置いておこうね」
真澄くんの言葉を聞き流していると、スパイスの香ばしい香りが食欲をそそり、思わず私のおなかがきゅうっと音を立てた。
「…あんたは腹が鳴っても可愛い。好き」
「おなかの音を褒められても嬉しくないかな…」
苦笑いを浮かべると、真澄くんがじっと私を見つめて「食べる?」と尋ねてきた。
「いいの?」
「本当は一晩寝かせてからあんたに食べさせようって思ったんだけど、いい」
真澄くんはお皿にあまっていたご飯をよそって、レンジで温めた後作りたてのカレーをたっぷりご飯にかけてくれた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!真澄くんは食べないの?」
「ん。俺はあんたが食べるの見たいから」
席に着くと、真澄くんは私の正面の位置に座った。
スプーンで一口分すくい、口へ運ぼうとするとじぃーっと期待と不安に満ちた目で真澄くんが私を見ている。
「あんまり見つめられると食べづらいかな…」
「俺のこと好きになって…」
「ないから。そういう照れじゃないから」
どういっても見つめてるつもりなのだろう。
見ないでくれという願いは聞き届けられなさそうだし、目の前に大好物があるこの状況でもう我慢は出来ない。
私は「いただきます」と言って、カレーを一口食べた。
「…!! 美味しい!ひよこ豆の食感もすごく良い!それにこの…」
あまりの美味しさに食べる手と感想の言葉が止まらない。
行儀が悪いと思いつつもカレーの美味しさを真澄くんに伝えたくて、ついついしゃべってしまう。
そんな私を見て、真澄くんは安心したように笑った。
「良かった…あんたが喜んでくれて」
「…真澄くん」
「あんた、俺(たち)のためにいっつも一生懸命頑張ってくれてるから」
「…うん。大事な部分が抜けた気はするけど…うん。ありがとう、真澄くん。
カレー、すっごい美味しい」
ちょっと過剰なほど私への押しが強くて…段々それを受け入れつつある自分がいて、少しだけ怖かったりする。
でも、こうやって私のために何かしようと思ってしてくれる行為は凄く嬉しい。
「うん…あんたの笑った顔が見れて良かった。あんたの笑顔、好き」
(私も真澄くんが笑った顔、好きだけどね…)
以前たまたま女の子に囲まれている真澄くんを見た。
あの時の真澄くんはつまらなそうに誰にも視線を遣ることもしなかった。
そんな彼がなぜか私には、年相応の優しい笑顔を見せてくれる。
…本当は少し、ドキドキしている。
だけど、そんな事を知られたら色々と大変なことになりそうな気がするから。
まだこの気持ちは誰にも知られないよう内緒にしておこう。
とっておきの深夜のカレーライス。
今まで食べたどのカレーライスよりも美味しいと思ったのは、多分…