父さん、母さん、そして俺の可愛い妹よ。
俺に彼女が出来ました。
「「かんぱーい」」
仕事帰り、二人で居酒屋に寄って一週間の頑張りを労う。
注文していたビールが運ばれてくると二人で乾杯をした。
「くぅ~っ!やっぱり仕事帰りの一杯はうまいなぁっ!」
「はいっ!分かります!」
お通しである冷奴を一口運ぶ。
ん、うまい。
好きな子と酒を呑んで、うまいものを食べる。
たったそれだけの事が俺は凄く嬉しい。
「はぁ~、いいよなぁ…こういうの」
「え?」
ビールを飲んでいた市香が俺の方を向いた。
「好きな子と美味い酒と飯。
たまには気取った店とか行って、着飾った市香を見たいな~って気持ちもあるけど」
「そういうのは、そういう時が来たらでいいんですよ。
私も仕事の帰りに峰雄さんと飲みに行けるって思ったら今日一日いつもより凄く頑張れました!」
「可愛い事言うなよ」
軽く頭を小突くと市香が笑う。
ああ、めっちゃくちゃ可愛い。
市香と付き合う前に想像していた異性との付き合い方というものはもっと肩ひじはった・・・というか、デートといえばお洒落なフレンチ。
歩くときは車道側に立ち、彼女の鞄を持ってやる、とか。記念日はまめに祝えとか。
ハウツー本にはそりゃもう沢山書いてあったし、受験勉強のときですらそこまで頑張らなかった俺は市香と付き合うようになってそういうのを頭に全て叩き込んだ。
だけど、実際交際がスタートしてみれば、本なんてまるで役に立たない。
本のなかにいるような彼女ではないのだ、市香は。
可愛くて、超可愛くて、自分の気持ちは曲げないけど、誰かに心を砕いてやれる優しい子だ。
俺にだって凄く気を遣ってくれる。だから、最初は本当にこんなデートでいいのか、と不安になったけど本当に楽しそうに笑う市香を見て、
ああ…俺たちはこれでいいんだって教えられた。
「峰雄さん、今日はあんまり呑みすぎちゃダメですよ」
「今日は…って、俺市香と呑む時はちゃーんと気をつけてるから大丈夫だ!!」
「こないだ佐竹さんと呑んで迎えに来たのはいつでしたっけ?」
「そ…それは、」
ちょうど一週間前だ。
「いや、男同士杯を酌み交わすことによって親睦が深まるというか」
「お酒を呑んで、酔いつぶれてもいいんです。ただ、身体が心配になるだけで」
「…!市香」
「酒は呑んでも呑まれるな、ですよ」
「肝に銘じておきます」
「はい」
子ども扱いするみたいに市香が俺の頭をなでた。
それから2時間もしないで、たらふく食べて、たらふく呑んで店を出た。
俺よりもちょっと市香のほうが足がおぼつかない。
「大丈夫か、市香」
「だいじょーぶですよ」
へらっと笑う頬が赤い。
市香が俺の手に指を絡めてくる‐これはいわゆる恋人つなぎというやつだ。
酒を呑んで体温が上がっているからか、いつもより手のひらが熱い。
「いいですねー、こういうの」
「ん?なにが」
「好きなひとと、一緒にご飯食べて、お酒のんで、手をつないで帰るって」
「ああ、幸せだなぁ」
金持ちにならなくてもいい。
出世なんてしなくてもいい。
ただ、好きだと思う人とこうして何気ない時間を過ごせるだけで幸せなんだということ。
そんな事に気付かされる。
「市香、超可愛い」
「なっ」
「本当可愛い、さすが俺の天使」
「もう!恥ずかしいからやめてくださいっ!」
「だって事実だろ」
「そんな事いうなら、峰雄さんのこと王子様って呼びますよ」
「え、ちょっとときめく」
「呼ぶ私がはずかしいからだめです」
「なんだよ、それ」
いつまでも、最愛のおまえと手を繋げますように。