「おい、バカ猫。仕事終わったか」
「-っ!笹塚さん!」
笹塚さんが本庁に戻ってからしばらく経ったある日。
新宿署に資料を届けに来たついでに私のところに顔を出してくれた。
今日の業務が終わる時間を覚えていたんだろう。それくらいの時間を狙って顔を出してくれたことに感動してしまう。
約束もしていない日に突然会えるなんて凄く嬉しくて、笹塚さんが現れた時には望田さんに微笑ましいといわれるほどに表情が輝いたらしい。
自分としてはそんな分かりやすく顔に出したつもりはなかったのに、他人から指摘されるというのは恥ずかしい。
笹塚さんが待っているということもあり、慌てて着替えを済ましたが鏡の前でにやける顔を軽く叩いた。
(うん、大丈夫。にやけてない。にやけてないんだから・・・)
玄関に小走りにかけていくと、ぼんやりと空を見上げてる笹塚さんがいた。
待たせてしまったことは申し訳ないけど、私を待っていてくれるその横顔にときめいてしまう。
「お待たせしました、笹塚さん」
「お前、今俺の横顔見てただろ」
「…ばれました?」
「当たり前だ」
軽く私の頭を小突くと、先に歩き出す。
その背中を慌てて追うのは相変わらずだ。
追いついて、隣に並ぶと私は笹塚さんの手を握る。
笹塚さんは手を繋ぐよりも腕を組む方が好きだけど、それでもこうして私が手を繋ぐとなんでもないという表情のまま強く握り返してくれる。
まるで私を離す気はないと言っているようで、たまに繋ぐこの手が愛おしい。
歩きながら今日会ったこと等を話していると、ある一角の前に来て笹塚さんが立ち止まった。
「ん?あんなところにペットショップなんてあったか?」
「ふふふ、最近出来たんですよ!」
「ふーん」
そう、今まで何もなかったこの一角にある日突然ペットショップが出来た。
このペットショップは入り口の横に大きなガラス張りの空間があって、その中では猫たちが数匹遊んでいる。
このお店の前を通ると必ず足をとめて、ガラス越しにくつろぐ猫たちを見ることが最近の私の日課だったりする。
「可愛いですよね、丸まってる姿も遊んでる姿も。
あ、あの子可愛いんですよ。よくおなか見せて寝てるんです」
特にお気に入りの子を指差して伝えると、ふーんと言いながらもしばし猫の観察に付き合ってくれる。
このままだったらいつまでも猫の前から動けない・・・そうは分かっていても可愛くて目を離せない。
多分時間としては5分くらいだろうか。いつまでも見てる私に痺れを切らしたようで笹塚さんは私の手をひいて歩き出した。
「笹塚さん、猫あんまり興味ないですか?」
「俺が興味のある猫なんて一匹に決まってるだろ」
横目で私を見ながら言った言葉。
「・・・それって、」
うぬぼれてるといわれそうだけど、普段散々バカ猫と言われてるのだ。
心なしか赤くなった笹塚さんの頬を見て、さっき引き締めたはずの表情はあっという間に緩んでしまう。
「だから大好きなご主人様が現れたからって可愛い顔を他の男に見られてるんじゃねえよ」
「・・・望田さんは奥さん愛してますよ」
「知ってるし、そういう問題じゃないだろ」
「気をつけます」
笹塚さんの可愛い顔というのは、どういう表情なのか・・・多分、笹塚さんが来てくれたことが嬉しくて仕方のない顔のことだろうけど、多分同じことがあっても同じように喜んでしまうだろう。
だって笹塚さんのことが大好きなのだから。
「職場が離れてしまったけど、たまにでもこうやって一緒に帰れるって嬉しいですね」
「・・・そのためにこうして来てるんだから当然だろ」
「え?なんて言いました?」
「なんでもねえよ、さっさと帰るぞ」
返事の代わりに繋いだ手を私から強く握った。