独りは怖い。
それなのに、誰かに踏み込まれることが怖い。
夕食が終わり、私たちは向かい合ってダイニングテーブルで今日の出来事を話していた。
それからいつものように昔話に花が咲く。幼なじみだから、やっぱり昔話になると盛り上がってしまい、ひとしきり笑った後にふとある事を思い出した。
「小さい頃ね、自転車の補助輪がなかなか外せなくて」
「ああ、そうだったね。アイちゃんは」
お揃いのマグカップに注がれたホットココア。
ナッちゃん特製のホットココアを一口飲みながら私は子どものころを思い出す。
ナッちゃんは気付いたら補助輪なんてつけてなくて、私も追いつきたくて不安だったのに補助輪を外した。
「お父さんにはまだ早いって心配されたなぁ」
「僕が補助輪の代わりに抑えてあげてたの、覚えてる?」
「もちろん覚えてるよ」
ナッちゃんの知らないうちに乗れるようになりたかったのに、結局ナッちゃんに練習を手伝ってもらうことになった。
お父さんよりも上手に支えてくれたのをよく覚えている。
「ナッちゃんが支えてくれることが嬉しくて、手を離してっていえなかったんだもん」
「抑えてるねって僕の言葉信じて、僕が手を離していたことに気付かなかったもんね」
「そう!まだ離さないで!って私言ってたのに・・・ナッちゃんったらずるいんだもん」
「ははは、ごめんね」
「もう・・・本気で悪いなんて思ってないくせに」
「そんな事ないよ」
ナッちゃんは笑いながら私の頬に触れる。
カップに触れていたからか、ナッちゃんの手はいつもより温かい。
ナッちゃんの手が大好きだ。
こうしてナッちゃんが私に触れてくれる手が大好きだ。
彼の手に自分の手を重ねた。
「ナッちゃんに追いつきたかったのになぁ」
「追いつきたい?」
「うん」
今もそうだけど、子どものときの一歳の年の差はとても大きな壁のように感じた。
私の知らない女の子がナッちゃんと話しているのを見た時、胸がぎゅうっと締め付けられた。
大きくなって知った。あれはヤキモチだったのだと。
「僕は、このままでいいんだけどな」
一瞬、ナッちゃんの表情が翳ったような気がして、ドキリとする。
私は何かいけない事を言ってしまったんだろうか。
だけど彼は何事もなかったように微笑んだ。
「僕の隣は、君のものだから。一生懸命背伸びなんてしないでいいんだよ」
「・・・ナッちゃんったらそうやって私のこと甘やかすから」
「好きな子はとことん甘やかしたいんだよ
でも、さ-」
ふと、空気が変わった気がした。
ナッちゃんはいつものように私の好きな笑みを浮かべている。
「本当はもうアイちゃんには、僕なんて必要ないのかもしれないね。
あの時のように、振り返らなければ僕がいない事にも気付かないかもしれない」
「・・・ナッちゃん、何か言った?」
彼が何かしゃべった気がするのに、声が届かなかった。
「アイちゃんのことが大好きだって、言ったよ」
優しく笑う彼の手を、私はまだ離せない。