貴女がくれるもの(エスルル)

今日の授業を受け終わり、図書館にでも寄ろうかなと考えながら歩いていた時のこと。
背後から駆けてくる足音。
それだけで誰かなんて想像ついてしまい、おそるおそる振り返ると

「エストエストー!!」

「うわぁぁぁぁ!」

勢いよく飛びついてくる彼女をなんとか受け止めてそのまま倒れこむ。
強かに背中と後頭部を打ちつけて、涙が出るんじゃないかと思うくらいの激痛をぐっと堪える。
しっかりと抱きとめたまま胸の上にいるルルは「えへへ・・・」と申し訳ないような嬉しいような、といった表情だ。

「全く、貴女という人は!」

「でも!エストを見つけたら嬉しくて、つい・・・」

何度注意しても僕を見つけると勢いよく飛びついてくるそれはパブロフの犬のようだ。
気持ちは嬉しいけれど、毎日毎日僕の後頭部と背中は傷が絶えない。

「じゃあ、こうしましょう。
もしも明日一日、僕に飛びつかなかったら何でも一つ言う事を聞きます」

「え、本当!?」

「ええ。いいですか?一回でも飛びついたら言う事は聞きません」

「うんうん!分かったわ!私、頑張る!」

気合十分!と言ったふうに握りこぶしをつくって空へと掲げた。
僕に何でも一つ、言う事を聞いて欲しくて頑張るなんて・・・
そんなルルの姿を見て、ひっそりと笑みを零した。

 

 

 

 

 

 

 

-次の日

「エストエストー!」

朝、サラダを食べていると遠くからルルの声が聞こえた。
顔を上げれば満面の笑みを浮かべて両手をぶんぶんと振っていた。
それから人を掻き分けて僕がいるテーブルまでやってきた。

「エスト、私頑張るわ!」

正面に座ると、いただきまーすと元気良く食べ始めた。

「頑張るって、何を頑張るんだ?」

隣の席で食事をしていたラギが不思議そうな顔をしていたが、ルルはご機嫌に笑うだけだった。

 

 

 

 

それからも・・・
ルルの駆けてくる足音がしても、飛びついてくる気配はなかった。
振り返ると柱にしがみついてる姿を何回か目撃したが、そっとしておいた。
そこまでして僕に何を聞いて欲しいのだろう。
痛まない背中と後頭部に安堵を抱くかと思っていたのに、どうしてだろう。
少し寂しい。

 

 

 

 

日が沈む前。
湖の傍らで本を読んでいるとルルが現れた。

「エスト!私、今日凄く頑張ったわ!」

えっへん!と胸を張る姿に自然と笑顔になる。

「ええ、おかげさまで静かな一日でした」

「それじゃあ、いいの?」

「はい。聞きましょうか」

本を閉じると、ルルが正面に座って膝をポンポンと叩いた。

「どうぞ!エスト!」

にこにこするルルの顔と膝を交互に見る。

「・・・何がですか?」

「何がって、膝枕よ!
言う事一つだけ聞いてくれるんでしょう?」

「それは、僕が貴女に何かしてあげるという意味で」

「私はエストを膝枕したいの!駄目?」

お腹をすかせた子犬のような表情で僕を見ないで欲しい。
それはルルを喜ばせる行為じゃなくて、僕を喜ばせるものだ。

「嫌です」

「どうして?」

「嫌だからです」

「だからどうして!」

縋るような瞳に負けて、僕はぽつりと言葉を漏らす。

「・・・恥ずかしいからです」

「ここには私とエスト以外いないわ」

だから恥ずかしくないわ!と重ねる。
人に見られるのも恥ずかしいのだけれど、そもそもそういう行為が恥ずかしいのだ。
けれど、ルルの言う事を一つ聞いてあげると約束したのは事実だ。
ため息のように息を吐き、それから意を決してルルの膝に頭を乗せる。

「これで良いですか?」

「うんうん!ありがとう、エスト!」

見上げれば、ルルが嬉しそうに笑っている。
僕の頭を優しく撫でるその手が愛おしい。

「ルル・・・」

「なぁに?」

「どうしてお願いにこれを選んだんですか?」

他にも色々あっただろう。
それなのに・・・

「エストに甘えて欲しかったの」

「・・・」

「エスト、いっつも私のこと甘やかしてくれるのに自分は甘えたりしないから」

ああ、この人は・・・
顔が赤くなっていくのが分かる。
恥ずかしくなって、顔を横に向けるとルルが嬉しそうに笑う。

「エスト、大好きよ」

聞こえない振りをして目を閉じる。
返事をしない代わりにルルの手をきつく握った。

 

 

 

 

 

 

 

その後、飛びつく癖はどうなったかというと・・・

「エストエストー!!」

「うわぁぁぁ!」

何も変わらず、結局毎日背中と後頭部の痛みと戦う日が続くのだった。
まぁ、この痛みも彼女がくれるものだから・・・悪くはないのかもしれない。

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