ゆめをみる。
何度も何度も、同じゆめをくりかえし見る。
「あれ、ロニは?」
ヴィルヘルムが休みである日曜日。
家族で買い物に出掛けた時のこと。
いつもヴィルヘルムとどっちが手を繋ぐか喧嘩をしながらも私の傍を離れないロニ。
そんなロニの手を引こうと振り返ると姿がなかった。
「ロニならあそこ」
ヴィオレッタが私の手を引いて指差したのはおもちゃ屋さんだ。
そのお店の前でロニがへばりつくようにしていた。
「おい、ロニ。何見てんだ?」
ヴィルヘルムがロニの隣にしゃがみこんで、ロニが見ているものを確認する。
「…なんだこれ」
「小鹿のぬいぐるみってかいてるだろ、ヴィルヘルム」
「んなもん、見たら分かるっ!俺はなんでお前がこんなもん見てんのかって意味で言ったんだよ」
「…こいつ、みたことある気がする」
ぬいぐるみを欲しがるのはどちらかといえばヴィオレッタの方が多い。
珍しくロニが欲しそうに見つめているので、たまには買ってもいいかな、と思って口を開こうとした。
「ロ…」
「なんだ、ロニ。おまえ、男なのにぬいぐるみ欲しいのか?」
「-っ!!い、いらねえよ!」
今のは確実にヴィルヘルムが悪い。
ヴィルヘルムの言葉を聞いて、むっとしたロニはへばりついていたおもちゃ屋さんの前から私の方へ歩いてきて、私の手を握った。
「母ちゃん、ヴィオ行こう」
「え?ロニ、欲しいんじゃないの?」
「いらない!」
完全にへそを曲げてしまったロニは何度聞いても欲しいということはなかった。
ヴィルヘルムを睨みつけると、ヴィルヘルムも失言だったと思ったらしく苦笑いを浮かべた。
その日の晩。
「ねえ、ロニ」
「なーに、母ちゃん」
「今日の小鹿さんのぬいぐるみ。本当は欲しかったんじゃないの?」
お風呂から先に上がったロニを膝の上に座らせて、髪を拭いてあげている時のこと。
あれからずっと(ヴィルヘルムにだけ)機嫌を損ねたままのロニに、昼間のぬいぐるみの件を尋ねた。
「…ゆめに、似たやつがでてきたんだ」
「夢?」
「うん。よくわかんないけど、何度もみるんだ。
ゆめの中であいつにたすけられるのに…オレひどいことをするんだ」
夢、と言われて私はいつか見たあの夢を思い出す。
魔剣を宿していた影響だったのか、それとも前世のことだからなのか。
彼の夢を見た時を思い出す。
「ロニ。夢でみたからあの小鹿さんを助けてあげたかったんだね」
「…たすけたい、っていうとわかんないけど。うん…そうかも」
髪を拭き終わり、ロニと向かい合う。
ぬいぐるみが生きていないことも分かっているし、夢でみた小鹿と同じものではない事も分かっているのに。
それでも、ロニは小鹿が気になってしまったんだ。
「じゃあ、明日。お母さんと一緒に買いに行こうか」
「…でも、おとこがぬいぐるみなんて」
「あれはね、お父さんが悪いの。後でお母さんがお父さんのこと怒っておくから。
それでお父さんのこと、許してあげてくれない?」
「…うん」
ロニは少し考え込むと、頷いた。
「その必要はねーよ」
ドアが開く音がして、振り返るとお風呂から上がったヴィルヘルムとヴィオレッタがいた。
ヴィオレッタが少し大きな袋を抱えてロニと私の元へやってくる。
「はい、ロニ」
「なにこれ」
「おとーさんから!」
ヴィオレッタはそういって、ロニにその袋を手渡す。
ロニはいぶかしげにそれを見つめたまま動かない。
「開けてみたら?」
私の言葉でようやく袋を開けて、中を覗き込む。
「-!」
ロニは驚いたような声をあげて、袋の中からそれを取り出した。
「さっきの小鹿…!」
ロニは小鹿とヴィルヘルムを交互に見る。
そして、気まずそうにヴィルヘルムは口を開いた。
「あー…さっきは悪かったな。ロニ。
おまえの話も聞かないで、馬鹿にしたような言い方して」
ロニはじぃっと小鹿を見つめると、ぎゅうっと抱き締めた。
それはまるで、夢では出来なかったことを実現するみたいに大切だと訴えるみたいな抱擁だった。
「父ちゃん、ありがとう!」
嬉しそうに笑うロニを見て、ヴィルヘルムもほっとした表情に変わる。
ロニの前でしゃがむと、頭をくしゃりと撫でる。
「そいつにも、ありがとうって言わなきゃな。助けてもらったんだろう?」
「うん!パピ、ありがとうな!」
パピと呼ばれた小鹿のぬいぐるみもどこか嬉しそうに見えた。
「ねえねえ、ロニ。ヴィオもだっこしたい」
「えー、しょうがねーな」
ロニは口では嫌そうに言ったが、顔は嬉しそうだ。
二人は嬉しいものは共有したいようだ。
ヴィオレッタにパピを渡すと、ヴィオレッタはパピを見つめて笑った。
「パピ、ロニをたすけてくれて、ありがとう!」